【主日礼拝メッセージ 】                                                                       2017年2月19日 

『神の家族』   
エフェソの信徒への手紙2章14−22節

山岸 明牧師   

   主イエスは十字架の上から、母マリアに「婦人よ、御覧なさい。あなたの子です」と弟子のヨハネの事を言われた。それから弟子ヨハネに言われた。「見なさい。あなたの母です。」そのときから、この弟子はイエスの母マリアを自分の家に引き取った」(ヨハネ19:27)。

 十字架の苦しみのもとで一体何が起こったのか、ここに新しい家族が誕生しのです。それは血筋でもなく、戸籍でもない、主イエスの十字架の愛によって結ばれた新しい家族です。ヨハネは主イエスの母マリアを引き取り新しい家族としてスタートしたのです。

 教会も主イエスの十字架のもとで生まれた新しい家族です。そして、これからも主イエスの十字架のもとにあり続ける家族です。故に主イエスの十字架から目を 離したら、この集まりはただの人の集まりとなり、烏合の集団になってしまいます。教会の家族は一点、主イエスを信じる信仰によって集まっている家族なので す。「あなたがたはもはや、外国人でも寄留者でもなく、聖なる民に属する者、神の家族であり、使徒や預言者という土台の上に建てられています」(2: 19)。

 そこで神の家族は互いに愛し合い、赦し合い、祈り合い、励まし合い、忠告し合い、仕え合いながら神の教会として成長していくのです。今、多くの家族(家 庭)が家族としての機能を失い破壊寸前にあります。この現実の中で神の家族としての意味は何か。私たち神の家族はこの世にあって希望を与える存在。私たち にしか、また教会にしか見せられない家族の希望がある。

 故に神の家族は常にイエス様を見上げ、主イエスの心を持たなければなりません。また神の家族には鍵はありません。いつも開かれた神の家族です。そして覚え てください。私たちは神の家族として期待するのではなく、期待されている。食卓に招かれているのではなく、招く側にいるのです。外から来る人を向かい入れ る側です。主イエスは仰せられた。「わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである」(マタイ9:13)