主日礼拝メッセージ                                                                           2020年5月3日 

神に望みを置く
 
 ヘブライ人への手紙11章1節   
「信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することです。」

山岸 明牧師
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あなたは聖書の神を信じていますか? 神があなたを愛していることを信じていますか? 神は真実なお方であると信じていますか? 神は約束されたことを必ず果たすと信じていますか? あなたの信じる神は「無から有を」「不可能を可能」にできると信じていますか? あなたの信じる神に自分の人生をゆだねられますか?聖書に「信仰を持っていきているかどうか自分を反省し、自分を吟味しなさい。」(コリント㈡13:5) とある。私たちは今日、自分の信仰をもう一度、吟味してみましょう。11章に神に認められた人たちの名前が記されていますが、そのうちの三人を紹介しま す。

ノアの信仰:人々は神の前に堕落し地上は悪に満ちていた。神はノアに言われた。見よ、わたしは肉なるものを終わらせる。あなたは木の箱舟を造りなさい。ノ アは神を信じて舟を造りました。太陽が照っている間はノアのしている事は馬鹿らしく見え、人の目には愚かに見えた。人々が神を忘れ、神を無視する時代に あって、ノアは神に従い、信仰に生き、正しい人と認められた「信仰がなければ、神に喜ばれることはできません」(6)とあります。

アブラハムの信仰:アブラハムと妻サラの間に子供が生まれるという約束が与えられたとき、アブラハムとサラは笑った。子供のできる年齢はとうに過ぎている のに、どうして子供ができるのか?しかし、アブラハムは約束して下さった方が神である事に気づいた。そして神が約束して下さったのなら、それは真実に違い ないと確信した。なぜなら神に偽りがないからです。信仰とは見えない事実を確認する事です。

モーセの信仰:エジプトの奴隷とされていたイスラエルの民を救い出し、40年の荒れ野の旅を続ける中で、モーセは信仰を養い、神の約束は必ず成就すること を知りました。それからモーセはいつも主に望みを置くことにした。「主に望みを置く人は新たな力を得、鷲のように翼を張って上る。走っても弱ることなく、 歩いても疲れない」(イザヤ40:31)とあるように。昔の人たちは、この信仰ゆえに神に認められた。わたしたちも彼らのような信仰に立ち続けたい。




 
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