【主日礼拝メッセージ 】                                                                              2016年11月13日 

              『のあかし』     
詩編96章1-3節

山岸 明牧師

  あるアンケートによると、自分が教会にいくようになったきっかけは『友達に誘われて、家族に誘われて』が多い、完全に一人で、またチラシを見ての方もいま すが、その場合でも、クリスチャン作家の本を読んだとか、間接的にクリスチャンと関係がある事が多い。クリスチャン一人一人の地道な生活の場での生きた証 があったからです。

  私たちの使命はこの世でキリストを証しする事です。教会の使命は地域社会の中でキリストを証しする事です。私たちは自己満足的な者であって はなりません。自己満足的な教会になってもいけません。自分の信仰と生活さえ守ればよい。そうであってはなりません。私たちは使命に生きるべきです。

 ノンクリスチャンを救いに導くために、深い愛をもって、彼らの友となる事が大事です。これはこの世でしか出来ない事です。天国に行ったら伝道はできませ ん。特に日本は人間関係を大事にする国です、人とのつながりで動きやすい国です。伝道は私たちがクリスチャンであるという存在から始まり、関係で進み、教 会で実を結ぶのです。

 「全世界に出て行って、すべての造られたものに、福音をつたえなさい」これが教会の中心的な使命です。教会外でキリストを信じる決心が与えられる事もあ ります。しかし、そのままでは、ほとんどの場合、信仰生活は続きません。ですから、求道者はキリストの体なる教会に導かれる必要があるのです。それは、バ プテスマを受け、礼拝と晩餐を共にし、聖書を学び、キリストの弟子として歩む事が大切です。そうでないと決心をしても一時のことで終わってしまいます。

 さて、最後に『証人』とは、自分の体験を証しする事です。すなわち、見た事、聞いた事、体験した事を明らかにする事です。議論する事ではありません。説 得する事でもありません。納得させる事でもありません。キリストの救いの体験をそのまま証言することです。ありのまま、自分の失敗、弱さ、愚かさを告白 し、キリストによって救われた恵みを語るのです。それを聞いた人は、どんなに勇気づけられるでしょう。